2025年10月3日(金)、秋葉原UDXカンファレンスにて開催された、特定非営利活動法人OD Network Japan(以下、ODNJ)の2025年度年次大会。大会テーマ「『両極から考える組織開発』〜新たなテクノロジーと人間の役割〜」のもと、最終セッションとして、黒川公晴氏によるワークショップ「ミネルバ式最先端リーダーシップ──”適応する力”を体感する」が開催されました。
正解のない時代、複雑性が増す現代において、リーダーには「適応する力」が求められています。複雑な状況をどう捉え、リーダー自身がどう変容していくのか。理論とワークを通じて、適応型リーダーシップとシステム思考を体感する2時間となりました。

黒川 公晴[くろかわ きみはる]氏
株式会社Learner’s Learner代表/ミネルバ認定講師
1983年大阪生まれ。2006年に東京外国語大学英語科を卒業後、外務省入省。米国ペンシルバニア大学で組織開発修士を取得し、外交官としてワシントンDC、イスラエル/パレスチナに駐在。帰国後は安全保障や経済分野の政府間交渉に携わるかたわら、首相の英語通訳を務める。2018年に独立し、国内外の企業でリーダーシップ育成や組織・人材開発を支援。2021年からは米国ミネルバと提携し、日本企業向けリーダーシップ育成プログラム「Managing Complexity」を展開。
適応型リーダーシップの必要性
現在、「学ぶ力を再創造する」というミッションのもと、企業の研修や組織開発、人材開発、リーダーシップ開発のサポートを行っている黒川氏。「リーダーシップとは自分で考えて世界に変化をつくっていく行為そのもの」と考え、社会人教育だけでなく小学生向けのリーダーシップ教育にも取り組んでいます。
冒頭、黒川氏は「適応型リーダーシップ」という言葉を、「適応」と「リーダーシップ」の2つに分けて説明します。
はじめに、「リーダーシップ」について。リーダーシップとは自分で考えて世界に変化をつくっていく行為そのものであり、役割としてのリーダーが一人でチームを導いていくというものではなく、チームを組成している全員がチームの前進のために周囲に及ぼす影響力そのものです。
次に、「適応」について。適応とは、環境の変化に合わせて、自分の意識と行動を意図的に変化させていく営みです。AIをはじめとして世界がめまぐるしく変わる中で、状況に応じて自分やチームが適応し、成果を残していくために影響力を発揮する。これが「適応型リーダーシップ」だと黒川氏は説明します。

そして適応型である理由を「物事が複雑だから」と述べます。
「状況が変われば、時に力強く引っ張る必要があるし、パーパスを掲げる必要もある。あるいはチームに寄り添って共感することも求められる。自由自在に思考の引き出しを変えていくことが重要なのです」(黒川氏:以下同)
続けて、現代の組織が直面する複雑性には、3つの種類があると説明します。因果関係が不明確な「動的複雑性」、多様な人々や多様な意見が交錯する「社会的複雑性」、そして未来が予測できない「生成的複雑性」です。このような複雑な状況では、従来の問題解決アプローチだけでは対応できません。
黒川氏は、ロバート・ハイフェッツ教授の理論を引用し、「技術的問題」と「適応課題」の違いを明確にします。技術的問題は、問題自体が明確で解決策があり、専門家によるいわゆる処方で症状を止めることができます。一方、適応課題は、問題も原因も不明瞭で、既存の方法では解決できず、自分たちで模索しながら解決する必要があり、根本的な考え方を変える必要があるのです。

「『適応課題』を『技術的問題』かのように扱ってはいけません」と黒川氏は強調します。例えば、「給料を上げれば生産性が上がるはず」「新規事業部を作ればイノベーションが起こるはず」といった発想は、適応課題を技術的問題として扱ってしまっている典型例だと指摘します。
ミネルバ大学のリーダーシップ育成プログラム
では、この適応型リーダーシップをどのように身につけていくのか。黒川氏が提供するプログラムは、ミネルバ大学の母体であるミネルバプロジェクト社が開発した「Managing Complexity(複雑性のマネジメント)」に基づいています。
ミネルバ大学は2011年に設立された比較的新しい教育機関です。授業は全てオンラインで行われ、学生は世界8都市を回りながら4年間学ぶという特徴を持ちます。4年連続で「世界で最も革新的な大学」に選ばれており、学び方を科学的に研究し、16の原則に基づいてカリキュラムを設計しています。
黒川氏の会社はミネルバプロジェクト社と提携し、2021年から企業向けのリーダーシップ育成プログラムを提供しています。これまでに約60社800名のリーダーが参加しており、週に2時間、10週間かけてオンラインで学ぶ形式です。非常に高い満足度(NPS平均60〜70)を維持しています。
プログラムでは、リーダーシップを鍛えるための核となる3つの力について学びます。

1つ目は「システムを捉える力」です。複雑な問題の因果関係を見抜き、構造を見て、全体を俯瞰する力を養います。システム思考、システム分解、バイアスへの対処、創発現象を捉えることなどを学びます。
2つ目は「関係性をマネジメントする力」です。信頼関係を築き、多様な人と共創する力、感情の知性、リーダーとしての力の使い方を習得します。対人知性、自己認識、多様性の活用、チームの力学、心理分析などを学びます。
3つ目は「不確実な中で課題を推進する力」です。正解のない中でも課題を分析して決断し、試行錯誤を通じて行動する力を身につけます。問題を多角的に分析し、デザイン思考やイノベーションマインドセットを活用しながら、効果的な意思決定を行う方法を学びます。
これら3つを核としたうえで、18の明確な思考習慣に分解したものを10週間のプログラムで学びます。システム思考から始まり、行動科学、自己理解、感情の知能指数(EQ)、チームダイナミクス、コミュニケーション、問題定義、イノベーション、意思決定へと進むカリキュラムです。

このプログラムの特徴は、各単元がつながり合い、何度も異なる文脈で同じ概念が登場することで、知識が「骨太な知恵」に変わっていくことだと黒川氏は説明します。
システムを多角的に捉える「鳥の目」「虫の目」「魚の目」
ここから黒川氏は、参加者とともに「システム思考」を体験するワークに入ります。
まず黒川氏はシステムを「個々の要素が相互に影響し合いながら、全体として機能するまとまりや仕組み」と定義します。会社も、チームも、交通渋滞も、すべてがシステムです。
黒川氏は参加者に「あなたの組織が学ぶべきテーマは何でしょうか?」と問いかけ、この問いを持ちながらワークに取り組むよう促しました。
組織には人がいて、お互いに予測できないような相互関係があり、思わぬ問題や結果を生み出します。こうした複雑なシステムを理解するために、まずは分解するところから始めます。
システム分解とは、複雑なシステムを構成要素に分解し、構成要素の相互作用を明らかにすることです。切り口を変えて分析することで、出来事を「そうさせている」背景を理解できると黒川氏は説明します。
そしてシステムを正しく捉えるためには、3つの視点が必要だと黒川氏はいいます。視点を問題の外側に向ける「鳥の目」(俯瞰的視点)、ものごとを細かく観察する「虫の目」(ミクロな視点)、そして過去・未来を行き来しながら見る「魚の目」(時系列的視点)です。

黒川氏は渋滞を例に挙げ、参加者と共に3つの視点でシステムを分解していきます。鳥の目では、道路の形状、出口の配置、周辺環境などが挙げられます。虫の目では、運転手のスキルや心理状態、車の状態といった要素。魚の目では、季節変動、人口流入、技術の進化などの時間軸の変化です。
さらに黒川氏は、「氷山モデル」を用いて、表面に現れている事象の下にある層を探る方法を紹介します。水面上に見えている「事象」、繰り返される傾向である「パターン」、パターンを生み出す仕組みである「構造」、そして構造を支える暗黙の前提や価値観である「メンタルモデル」。多くの人は「事状」だけを見て問題を解決しようとしますが、本質的な変化を起こすためには、水面下にある「構造」や「メンタルモデル」にアプローチする必要があると黒川氏は説明します。
人材マネジメントの問題をシステム分解する
渋滞の例でシステム分解の手法を学んだ参加者は、次に自組織の実際の問題に取り組みます。参加者はテーブルごとに分かれ、「あなたの組織が抱える『人材マネジメント』の問題」というテーマでシステム分解を実践します。
黒川氏の指示のもと、各グループで問題を選び、「鳥の目」「虫の目」「魚の目」の3つの視点から構成要素を洗い出していきます。あるグループでは人材育成の問題が取り上げられ、「鳥の目」では市場の変化や競合他社の動き、「虫の目」では個々の社員のスキルやモチベーション、「魚の目」では過去の組織文化の変遷などが次々と挙げられていきます。
ワークを終え、参加者たちは自分の発見や気づきを全体に共有しました。ある参加者は「分かっているけど否定したくないことに目が向く」という気づきがあったといいます。別の参加者は「本当の問題に気づいていないかもしれない」という不安を口にします。また、「同じ会社の他の人から見ると問題でない可能性がある」という視点の違いについての気づきも共有されました。
問題への向き合い方を表す3つのレベル
システム分解のワークの後、黒川氏は参加者に問いを投げかけます。
「皆さん自身は、このシステムのどこに加担していますか?」
参加者は紛れもなくシステムの一部であり、必ず影響を与えています。黒川氏は、システムと自分の関係を捉える3つのレベルを示しました。
レベル1は「傍観者」です。
問題があることは認識しているものの、一枚壁を隔ててそれを見ている状態。飲み屋で会社の悪口を言っているのと、基本的に同じ構造だと黒川氏はいいます。この立場の旨みは、責任を取らなくていいこと、自分は傷つかないこと、基本的に正しい立場に居られること。しかし代償として、変化は基本的に起きません。

レベル2は「課題解決者」です。
比較的優秀な人に多いと黒川氏はいいます。問題があると分析して解決に動きますが、引き続き外側から対処します。「解決してあげる自分」と「してもらう人たち」という構図が生まれ、分断が起こりがちです。

レベル3は「源」です。
問題の中に自分を置き、自分もその問題を作っている可能性があるという立場を取ります。自分もシステムの一部でそれに加担しているのではないか、という視点です。
具体的には、自分がやっていること、あるいはやっていないことで、この問題があり続けているとしたら何があるか。自分の作為・不作為の両方に目を向けます。

さらに黒川氏は、内省の重要性を語ります。自分が「これは問題だ」と思い続けていること自体を問い直す。自分の中にある価値観や「べき論」が問題を浮上させているという視点です。この視点で問題を見つめ直すと、問題が問題じゃなくなっていくことはよくあることだと黒川氏は語ります。
システムを客観的に洗い出すだけでなく、自分がこのシステムとどう関わり合っているのかを見ることが大事だと黒川氏は強調します。
そして、システム思考の本質について、次のように語ります。
「システム思考は人に優しくなれる学問だと、大学院時代の教授がよく言っていました。『お前が悪い』という視点から、いかに外れるか。それぞれの関係性を見に行くという視点を持つことが大事です」
組織を諦めず、変化を作る──「世界は本当は変えられる」
黒川氏は講演を締めくくるにあたり、次のように語りました。
「会社という巨大で複雑なシステムは、簡単には変わらないかもしれません。でも、『なかなか変わらない』と『どうせ変わらない』は全然違います。『どうせ変わらない』と思った瞬間に、職場のエンゲージメントが下がっていく。ガンジーの言葉を借りると、『あなたがすることのほとんどは無意味かもしれない。でも、それでもしなければならない。それは世界を変えるためではなく、自分が世界に変えられないためだ』ということです」

世界に対して意図を持ち、能動性を持ち、答えを見出して動く。少しだけでも変化・前進を作る。これをリーダーシップの本質だと黒川氏は語ります。
そして職場におけるエンゲージメントは、自己決定感、影響感、有意味感、自己効力感によって作られます。
「自分で決めて、仕事や人に影響していると思えて、それには意味があると感じられて、少しでも変化・前進を作れている。これは単なる職場のエンゲージメントではなく、生き方の問題です。組織を良くする、成果を生み出す、そうした文脈を超えて、人生の充実に必要なことだと思っています」
現在、黒川氏は小学生向けの教育にも取り組んでいます。世界に関心を持ち、問題を見つけ、仲間を巻き込んで変化を作る。こうしたことを子どもの頃から学ぶことが大切だと考えているからです。その教育で掲げる理念は、「世界は本当は変えられる」です。
自組織の問題をシステムとして捉え、犯人探しをせずに何が起きているのかを知ろうとする。そして「世界は本当は変えられる」という黒川氏のメッセージ。複雑性が増す時代に求められる適応型リーダーシップとは何か。参加者は手を動かし、グループで対話しながら、その本質を体感したワークショップとなりました。

(取材/文:井上かほる、グラフィックレコーディング:武智百一)
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