2025年10月3日(金)、秋葉原UDXカンファレンスにて開催された、特定非営利活動法人OD Network Japan(以下、ODNJ)の2025年度年次大会。大会テーマ「『両極から考える組織開発』〜新たなテクノロジーと人間の役割〜」のもと、株式会社ベネッセコーポレーションの執行役員 学校カンパニー 副カンパニー長の込山智之氏と組織開発・HR領域リーダーの井戸敦子氏に、「変革の時代を生き抜く組織力~AIと共創する新たなリーダーシップと組織開発~」と題した基調講演をしていただきました。
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AIが業務を代替する時代において、人間にしかできない価値とは何か。リーダーに求められる役割はどう変わるのか。込山氏からは、「変わらざるリーダーシップの本質」と題し、経営視点からAIによる環境変化の中でも普遍的に求められるリーダーシップの本質と、人間らしさを活かした組織運営の実践についてお話しいただきました。
込山 智之[こみやま・ともゆき]氏
株式会社ベネッセコーポレーション
執行役員 学校カンパニー 副カンパニー長
2023年よりB2B事業のカンパニー経営を担当し、全体戦略の立案・実行、DXによる事業変革を行う。同時に組織開発もリードし、社員のウェルビーイングを志向した“ごきげんな組織”の実現に向けて邁進している。
デジタル化がもたらしたリーダーの役割転換
まず込山氏は、2010年代からの15年間で起きた大きな変化として、デジタル化、アジャイル化、フレキシブルワークの3点を挙げました。これらの変化により、リーダーの情報優位性の低下、部下との接点の減少、メンバーの行動・感情把握の困難さといった課題が生じていると言います。
こうした変化を受けて、込山氏は以下の3つのシフトが起きていると説明します。
第一に「権力のシフト」。上司の優位性が保たれなくなり、リーダーは支配管理から支援導きへと転換すべき存在になりました。「メンバーが奉仕することでチームが成功するモデルから、メンバーの成功を促すことでチームが成功するというマインドシフトが必要です」(込山氏:以下同)と言います。
第二に「関係性のシフト」。指示監督から伴走共創へ、業務の監督からパフォーマンスを高めるコーチングが求められるようになりました。
第三に「組織構造のシフト」。階層や役割の分担から、機能やスキル、強みの発揮を促す形へと変化しました。「管理するマネージャーから、ピープルマネジメントができるピープルリーダーへの転換が必要です」と述べました。
生成的リーダーシップという再定義
では、今後さらにAIの進化により変化する時代において、「変わらざるリーダーシップの本質」とは何か。込山氏はまず、AIの登場による労働市場への影響を示しました。
国際労働機関(ILO)が2024年5月に発表した最新データによれば、生成AIの登場によって世界の雇用の24%が影響を受けると言います。管理職・リーダー業務に当てはめると、タスク管理、進捗管理、スケジュール調整、定型報告などはすでに代替されてきています。
一方で、AIでは代替されない管理職・リーダー業務として、創造性と価値創出の牽引、チームビルディング、組織文化の形成、メンタリングと人材育成、倫理的判断と社会的責任の遂行を挙げました。
こうした分析を踏まえ、込山氏は「生成的リーダーシップ」の重要性を強調しました。これは「未来志向の創造、組織行動の意味、社員同士の関係性を生み出すリーダーシップ」であり、具体的には3つの力が求められると言います。
第一に「問いを立てる力」。厳しい環境の中で自ら問いを立て、未来志向で前向きな創造の起点を作ります。「今はできなくても、どう考えたらできるようになるのか。その投げかけによってメンバーや組織全体の思考と行動を活性化させることが重要です」と説明しました。
第二に「意味を紡ぐ力」。なぜそれをやるのか、この場は何なのか、それにどんな意味があるのか。変化の中で意義や理由を定め、組織行動に意味を与えることが求められます。「内容だけでなく、機会の数や質も含めて、リーダーがメンバーに対して常に語りかけることが必要です」と述べました。
第三に「関係性を育てる力」。誰とどのような関係を築いているか。「人の繋がりを強めて組織全体の心理的安全性を高めていくことが重要です」と伝えました。
そのうえで込山氏は、人間らしさを活かした組織運営について説明しました。AIに比べて人間の強みがある部分として、倫理、感情、価値観を踏まえた判断を挙げています。
「言語生成は可能だが感情は模倣であるAIに対して、真に共感し信頼関係を築く力が人間にはあります。与えられた合理的なロジックで決定していくAIに対して、なぜやるのかを自ら問い、パーパスや目的意識を描いて進めていく。この人間らしさこそが、AI時代におけるリーダーシップの源泉です」
人間らしさを活かした組織運営の実践
ここで込山氏は、自身が実践してきた組織運営の具体例を紹介しました。これらの取り組みにより、組織のエンゲージメント指標(モチベーションクラウドを例に)で「事業のコンディションの良し悪しにかかわらず、スコア70(偏差値に相当)を維持し続けてきた」と言います。
では、どのような取り組みを行ってきたのか。まず土台となるのが、「MEE(Max Engagement and Energy)」と名付けた自身でプログラム化した管理職向けのワークショップです。カンパニー内の約50名の課長を対象に毎年実施し、リーダーの自覚と内省、大義と行動の統合、率先垂範、ヒューマンセントリックな姿勢を重視しています。リーダーが身に着けるべき「マインド」「スタンス」「スキル」の3階層で構成され「組織と人にいかに向き合うか」の実践に取り組んでいます。
込山氏は「組織はリーダーを映す鏡」という考え方を大前提に置いています。
「リーダーが元気でなければ組織は元気にならない。リーダーがコンプライアンスに甘ければ、組織全体にコンプライアンス違反が横行する」と、リーダー自身の在り方が組織文化に直結することを強調しました。
こうしたリーダー育成に加えて、組織全体での様々な取り組みも行っています。関係性の質を高めるため、「すごい、さすが、ありがとう」という感謝の言葉を組織に溢れさせること、月に一度のプチ交流、近況報告バトンなどを導入。また、科学的な行動特性プロファイルを活用したチーム組成や、「トランザクティブメモリーの最大化」を目指した年一回のプレゼンテーションコンテスト、さらには社員のキャリア自立を目指し、自らが主催するセルフ・リフレクションワークショップも開催してきました。
そしてこれらの取り組みから、新たな動きが生まれました。立場や職責を問わず、「やりたい」と思った社員が自ら集まり、組織をより良くする自律分散的な活動が始まっています。
「立場や職責を問わず、やりたい人が集まって自律的に動き出しています。リーダーではない個々のメンバーが生成的リーダーシップを発揮しているのです。人的資本が活かされる場を自ら作り出している状態は、経営サイドから見ても本当にあるべき未来の姿だと思います」
VUCA時代の意思決定──「中庸」という動的最適解
講演の終盤、込山氏はVUCA時代における意思決定の考え方を示しました。変化に応じて方針を変える柔軟さが求められ、失敗もまた学習の契機と捉える姿勢が重要です。ここで込山氏が強調したのは「中庸」という考え方でした。
「中庸とは単なる50:50の静的均衡ではなく、状況に応じた動的な最適解を模索することが中庸の本質です。過不足なく偏らず調和を保つことが重要です」
込山氏は、現在も模索中としながらも、「普通だったら両立しないような、中期と短期、安定と成長といったものも、説得や共感を地道に行うことで両立させられる可能性がある」と述べました。
講演の最後に、込山氏は生成的リーダーシップを実践する上で「変わらざるリーダーシップの本質」として「LEAD THE SELF」を挙げ、会場に向けてメッセージを送りました。
自分で自分自身を鼓舞する。人を変えるのも社会を変えるのも、起点は自分自身=個のはずだと込山氏は述べます。
「社会を動かした、かのガンジーもマーティン・ルーサー・キングも、まず自分自身が思って動き始めました。保証のないことへの躊躇は誰にもありますが、自己効力感を活かしながら、自分が大切にする価値観を見つめ続けながら、セルフリーダーシップで進めていくことが求められていると思います」
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続いて、組織開発の現場視点から井戸敦子氏が登壇しました。
井戸氏はベネッセコーポレーションで成熟事業の組織開発を担当しながら、同時に新規事業の立ち上げにも関わる立場にあります。今回は「在るものを活かし、無いものを創る――事業収束を機会に変えた組織変革の実践」と題し、事業収束という危機を乗り越え、約2,000名の組織と共に新たな可能性を創造した組織変革の実践について語りました。
井戸 敦子[いど・あつこ]氏
株式会社ベネッセコーポレーション 組織開発・HR領域リーダー
事業サービス収束という危機と認知の転換
まず井戸氏は、組織変革の背景として、同社が提供する教育サービスの一部が、事業環境の変化により段階的に収束することが決定した点について説明しました。この決定により影響を受けるのは、業務委託契約で長年(15年~35年)にわたり貢献してきた、教育と同社に高いエンゲージメントを持つ約2,000名弱の「教育アクター」と呼ばれる人々でした。
井戸氏自身も当初は深い葛藤を抱えたと言います。しかし、責任者やチームとの対話を重ねる中で、「これは人類が遅かれ早かれAIなどによって直面する課題だ。単に組織を収束させるのではなく、最後までこの組織の人々の可能性と機会を探求したい」という認識に至ったと語りました。
そして、自身の師から受け継いだ「だったらどうする?」という問いを投げかけ続け、変化を受け入れ、組織の強みとアクターの可能性を再定義するというプロジェクトの方向性を定めました。アプローチとして、エフェクチュエーションのフレームワークを用い、「在るものを活かして無いものを創る」¹⁾ という方針を掲げました。
「在るもの」を活かす探索のプロセス
このアプローチは、①自らの価値の確認、②小さな行動、③越境による相互理解、④新たな活躍先の創造、という4つのステップに「自らの可能性」という視点を加えたものだと井戸氏は説明します。
最初に、アクターの多面的な能力の棚卸しに取り組みました。「多面体で人を見る」ことを重視し、既存業務で見える側面だけでなく、過去の経験、成長意欲、思考特性などを定性・定量の両面から把握しました。その結果、まだ発揮されていない組織全体の潜在的な可能性が明らかになったと言います。
次に、社内の事業部門を横断する「越境活動」を展開しました。様々な部門をボトムアップで訪ね歩き、対話を通じて協業の可能性を模索したと言います。多くの試みは事業化に至らなかったものの、最終的に2つの大きな協業先を発見しました。その一つが、後に井戸氏自身も参画する新規事業、通信制サポート校でした。ここでは、アクターの「教育への情熱」と「生徒に寄り添う力」を活かし、生徒へのメンタリングサービスとして実装することで、一人ひとりの能力を最大限に発揮できる形へと昇華させました。
「挑戦の輪」を数%から80%へ広げたアプローチ
新たな活躍の場を用意するだけでは、人は動かない。そこで井戸氏らは、チェンジカーブ理論に基づき、段階的な組織コミュニケーションを設計しました。
まず、早期のコミュニケーションを重視し、来るべき未来の見通しを組織に伝え続けることで、変化へのソフトランディングを図りました。事業収束の告知後は、透明性と誠実性を徹底した説明を心がけたと言います。「チームや事業責任者も逃げることなく、全身全霊でオープンかつ誠実であることを示しました」と井戸氏は振り返ります。アンケート等を活用し、約2,000名という大規模な組織の「心象風景」をリアルタイムで把握していきました。
次に、新たな挑戦への動機付けに取り組みました。最大の障壁は、最初の数%の挑戦者をいかに生み出すかであったと言います。井戸氏は「多面体で人を見る」という視点に基づき、現有能力だけでなく、過去の経験や副業、挑戦意欲といったデータを総合的に判断し、新規事業に必要なスキルを持つ人材に声をかけ、小規模な実験チームを編成しました。
この実験チームでは、自己効力感を高めるために「言葉による承認と可能性の提示」と「代理体験」を活用したと説明します。「これまでの経験を棚卸しすることで見つかる未来につながる価値や能力を、言葉で承認し伝えました。そして、仲間の成功事例を示すことで、『自分にもできるかもしれない』と感じてもらうのです」。この最初の数%の勇気が引き金となり、挑戦へのムーブメントは組織全体へと広がっていきました。
最終的に、対象者の80%が新業務への挑戦に手を挙げました。この過程で「卒業」を選択したアクターもいましたが、挑戦と卒業、双方の選択肢が等しい価値を持つものとして尊重され、卒業者に対しても、これまでの貢献への感謝を伝える場が設けられました。
AI時代の組織開発への示唆
講演の最後に、井戸氏は今回の実践から得た学びとして以下の3点を挙げました。
第一に、「危機の持つ本質的な価値」です。「平時ではない状況だからこそ想像力が解放され、2,000人の危機が、2,000人分の可能性の扉に変わったのです」と井戸氏は語りました。
第二に、「エフェクチュエーション型リーダーシップの重要性」です。変化の速い時代においては、未来を予測するのではなく、手持ちの資源から何ができるかを考える思考が求められます。「リーダーは答えを持つのではなく、組織として『どんな問いに答えたいのか』を共有することが重要です」と強調しました。
第三に、「集合的マインドセットの転換」の重要性です。感情は伝播する性質を持つため、「やってみたい」というポジティブな感情が徐々に広がっていくような仕掛けを意識的にデザインすることの重要性を述べました。
そして井戸氏は、「もし、組織の終わりに見えるものが、形を変えた始まりだとしたら。AIが仕事を奪うのではなく、チームの本当の価値を教えてくれる鏡だとしたら。皆様と共に考えていきたい」と参加者に問いかけ、講演を締めくくりました。
注 1)「在るものを活かしてないものを創る」は、株式会社ベネッセホールディングス福武總一郎名誉顧問の言葉。(参考:「瀬戸内海と私―― なぜ、私は直島に現代アートを持ち込んだのか」ベネッセアートサイト直島)
謝辞 本稿で報告した組織変革の実践にあたり、共に全力を尽くした組織チームのメンバー(特にコミュニケーション推進を担当した小田氏)、活動を見守り支援いただいた各カンパニーの上長の方々、そして何よりも、変化に直面しながら最後まで業務に真摯に向き合い、最高の価値を提供し続けてくださった教育アクターの皆様に、心からの敬意と感謝の意を表します。
(取材/文:井上かほる、グラフィックレコーディング:武智百一)
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